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ザ・ノンフィクション~37歳、人生で一番熱い夏~ - 失敗するから人生おもろい
気軽にのんびり働けたらいい。
そんな軽い気持ちで始めたコンビニのバイトでした。
なぜコンビニを「気軽な仕事」だと思ったかというと、高校生のころ週末だけコンビニでアルバイトをしていた時期がありました。高校生でも簡単にできるバイト、という感覚があったからだと思います。
あれから20年。
コンビニはもはや誰にでもできる仕事ではない領域まで進化を遂げていました。わたしを含め、よく起業したあとに食えなくなったら、コンビニとかマックでバイトすればいいと言う人がいる。売れるまでのリスクヘッジとしてバイトをするという覚悟を持つことは決して悪くない。でも声を大にして言いたい。
お前ら、コンビニとかマックの仕事ナメんな。
あの仕事、すげえ総合力必要だからな。
今の仕事より簡単だと思うなよマジで。
この物語は、曲がりなりにも15年間の接客販売経験があり、内10年間は店長として店を切り盛りしたことのある37歳の女が、「ありのままの自分」に気付き、そして徐々に等身大の自分を取り戻していく物語である。
第一章 全然、アカン
コンビニなら気軽に働ける自信があった。レジ打ちは当たり前だが前職でやっているし、品出しだって声出しだってできる。何も問題がないと思って初日を迎えた。だが、私が派遣された店舗は、その地域でもかなり売り上げの良い非常に忙しい店舗だったらしく、もうコンビニというか、戦場のような場所だった。
前職までの経験で一番忙しいレジ打ちはお正月の初売りの時だった。福袋を求めて長蛇の列が出来、2時間はずっとレジを打ちっぱなしになる。当然早く打たないとお客様をお待たせしてしまうので、シュババババ!!と音速でレジを打っていた。そして、その現役の時と同じくらいの速さでシュババババ!!!!と華麗にレジ打ちをして「ドヤ!!初日からこのスピード!!わい、めっちゃ使える新人やろ!!」と心の中でドヤっていたら
「中澤さん、初日だから仕方がないけど、慣れてきたらもっと速くレジ打てるように頑張ってみてください」
「マ?」
え?これ以上スピード上げるって袋詰め速くするしかないよね?レジこれ以上速くしたら、わたしおつり絶対に間違えて渡すし。そして袋詰めを頑張ってみることにした。そしてその時気が付いた。
わたし、空間認知能力とパッキング能力が異常に低かったということを。
どういうことかというと、商品を袋に入れる時に、コンビニの店員さんはかごの中の商品の数や形状を瞬時に見て、大きさの種類がたくさんあるレジ袋の中から瞬間的にジャストサイズの袋を選んで、袋詰めをするんですね。更に袋詰めをしながら、商品をどう入れたらバランスが良く、また商品を傷つけないで入れられるかを秒で判断して詰めているんですよ。
この能力が著しく低かった。
まず、商品の量と形を見て、適切な袋の大きさが想像できない。そして形よく詰めるということが出来ない。そういえばパッキングが下手で、昔登山をやっていた時「めぐちゃんのザック、詰め方下手過ぎてボッコボコだね」とよく言われていたことや、テトリスめっちゃ苦手だったことを思い出した。
ついでに、脳のキャパシティが狭いので、テンパるとすぐミスをする。箸を入れるとか、スプーンやお手拭きを入れるとか、そういうのをすぐ忘れてしまう。何度かアメリカンドッグを買ったお客様にケチャップをつけ忘れた。ケッチャプがないアメリカンドッグなんてパッサパサやん。もう本当に申し訳なさでいっぱいだった。
スピードが出せない、袋の選び方がやばい、詰め方が気持ち悪い、なんか忘れ物多い。それに加えて、最近のコンビニは各種料金のお支払いだけではなく、Amazon商品のお預かりなどもしているし、店頭で作って渡す各種スナックのオーダーから製造まである。
そして地味にたばこの銘柄が覚えられなかった。この世にたばこってこんなにあるん?っていうくらい、同じ銘柄でも長さやら、ミリグラムやら、フレーバーやら箱がソフトかハードかとか本当にいっぱいあって、もういつもあわあわしていた。
番号で言ってくれる人ばかりではないし、番号を言われても声が小さくて聞き通れなくて志村けんかと思うくらい「え?あんだって?」ってなっちゃうし、銘柄言われても「え?あんだって?」ってなるし
もはや、志村けんだった。
あたし、志村けんだった
気軽にできるバイトだとタカをくくっていたが、ふたを開けてみれば全く役に立たない。今までの経験が全く役に立たない。ていうか、逆に今までだって仕事なんて死ぬほど出来なかったのだ。たまたま店長になれて、苦手な仕事は全部スタッフがカバーしてくれていたから、店長なんてやらせてもらえてたんだ。
そうだ、なぜ忘れていたのだろう。物覚えが悪いことも、動作が俊敏でないことも、手先が死ぬほど不器用で、肉まんをトングで取り出すことも出来ないレベルであることも、なんで忘れていたのだろう。
まるで前職の1年目に戻ったみたいだった。あの頃から何も本質的に変わっていない。よくレジミスをした、時計屋なのに、お会計が終わり、商品が入った袋を渡してお客様を送りだしたら、レジ台に入れたはずの時計本体が置いてあり箱だけ渡してしまったことに気絶しそうになったこと、取扱説明書をよく入れ忘れてお叱りのお電話を頂いたこと、あんなこともこんなこともいっぱい、いっぱい…
ああ、ポンコツなんだ。自分はこんなにポンコツだったんだ。独立してもうまく行かない、見下していたコンビニのバイトですらままならない、かといって前職だってあれ以上勤めていられる自信はなかった。
なんだか、世界から一人だけはじき出されたような気がした。お金を稼ぐことが、生きることがこんなに難しいなんて。そう思うと毎日のように酔っぱらいながらレジに並ぶおじいちゃんが勇ましく見えた。この人はこの年まで仕事をしながら生きてこられたのだ。精神力が違う。わたしは弱い。どうやってこの先生きていくつもりだろう…
行くたびにミスをして、年下の先輩たちに頭を下げ続けた。オーナーは口をきいてくれなくなった。必死にバイトをこなしながら、慣れずに8月が終わろうとしていたある日の帰り道、不意に涙が溢れて、次第に嗚咽に変わっていった。
無能。
社会不適合。
組織に所属することもままならない
上司に媚びの一つも売れない
かといって一人で稼ぎ続ける能力もない
みじめだった。自分の人生を恥じた。37にもなって結婚もせず、子供もおらず、両親の世話になり、息巻いて独立したのに、それもうまく行かず、コンビニの仕事もままならない。自分の体と心を犠牲にして、極限まで頑張らなきゃ、なんにも出来ない。そうやって死ぬ気でやらなきゃお金が稼げない。そんな生き方が続けられるわけがない。周りの人たちが立派に見えた。結婚もし、定職を持ち、上手にストレスと向き合いながら週末は家族で楽しみ、一生懸命家を建て、新車を買い、夜には眠る。
それらの何ひとつ満たすことのできない自分というのは、いったいなんなのだろう。どこで人生を間違ったのだろう。今どうしてこんなにみじめで、情けなくて苦しくて、潰れそうなくらい胸が痛くて、声がもれるほど泣いてしまうのだろう。
なんでこんなに頑張ってるのに、全てがうまく行かないのだろう。なんでこんなにポンコツなんだろう。なんで、なんで、なんで…
独立してから何度も泣いたけれど、あの日が一番泣いた。
そして泣きながら、だんだん変な感覚になってきた。それは腹の底から心底湧き上がるマグマのような不思議な想いが湧いて出て来るような感覚だった。
ああ、人生を一生懸命生きているんだな、わたし。
一生懸命生きると、全力で壁にぶち当たるし
全力で転ぶから、本当に痛い。ビックリするほど痛い。
泣いちゃうくらい痛い。
死んじゃった方がマシだと思うくらい痛い。
いやーこんなに痛い思いするって想定内だわ。
うん、想定内。むしろこれを味わいたかった気さえする。
生きてるなーって実感わくもんね。
いやー、生きてるとこんなに色んな経験するのね。
やだ、人生めっちゃ面白いじゃん。
すげぇバラエティ豊かじゃん飽きないわ。
人生、おもろ!!!
もうポンコツでいい、
ポンコツのまま上手くやってやる!!!
深夜2時15分。コンビニの駐車場でなにかを悟る。
第二章 社会を考える
先輩たちはみんな超優秀な人たちで、おまけに皆さんすごくいい人達なうえに、美男美女で天は何物も与えるんだなと思った。最年少の先輩は20才年下の現役JKだったが、今までの人生の中で出会ったどの先輩よりも、教え方も面倒見も良かった。ていうか、彼女に限らず、ほかの先輩方の部下育成能力が尋常じゃなく高かった。
特に超優秀なC先輩は、神だった。激務の中、誰よりも多くの仕事をこなし、スピード・丁寧さも圧倒的なのに、全然偉ぶる様子がなく、むしろいつもニコニコしていて親切で優しかった。
ある日「中澤さん、タバコをしまっておいてもらえますか?」とレジかごに沢山入ったカートンの山を託された。わたしはこの先輩が大好きだったので、がってん寿司ばりに「はい!喜んでぃ!!」といい返事をしてその仕事を引き受けて、先輩にほめて欲しくてすごい速さでタバコをしまった。
そして「終わりましたー!」と先輩を呼びに行き、チェックをしてもらった瞬間、先輩フリーズ。
「中澤さん…もしかして在庫にしまった?」
「はい!」
「いや、『しまっておいて』って売り物の棚の方に『補充しておいて』って意味で…」
なんということでしょう
先輩がわざわざ、わたくしのために、補充に必要な銘柄だけを在庫から取り出し、かごに入れて、あとは補充するだけという上げ膳据え膳状態を作っておいてくださったにも関わらず、それをまた在庫に戻すというチンパンジーのような所業…!!!
わたくし、恐怖に震えながら渾身の力を込めて謝りながらこう言いました。
「殺してください」
先輩、爆笑。わたしプルプル。
そんなチンパンジーにも先輩は優しく笑い過ぎて泣きながら「ごめんね、私の言い方が悪かった!そりゃ、『しまって』って言われたら在庫かと思うよね!また補充用のカートン出しておくから、補充お願いします!」そう言って、マッハでかごをビフォーの状態に戻してくださいました。
神かと思った。
攻めることも、ねちねちすることもせず、笑って赦してくださっただけではなく、「わたしの言い方が悪かった」と。
言えます!!?こんなことすぐに言える!!!?私は言えない!めっちゃネチネチいじり倒してしまう!!!!何この理想の上司像みたいな逸材!!!仕事が出来て可愛くて度量が深いとか、マジなんなの!!!!?好きです!!!チンパ中澤、命捧げますってくらい好きです!!!!
JK先輩もすごくモチベーションを上げるてくださるのが上手な先輩で、私が相変わらず遅いレジをせっせと回していると
「やー、中澤さんがレジ頑張ってくれてたので、品出しに集中できてめっちゃ早く終わりました!」
とか、「掃除すごくきれいにしてくれて本当に有難うございます!さっき気になっていたけど、忙しくて出来なかったので助かりました!」
とか、もうキリがないくらい、小さな行動をよく見てくれて、そしてそれを認めてフィードバックしてくれるとか
アドラーの生まれ変わりかと思った。
若干17歳でこの才覚ですよ!?しかも驚くほど美少女!!!何より仕事にすごくまじめでお客様からの信頼も厚い!!!好きです!!!JK先輩すごいです!!めっちゃ素敵すぎます!!あなたのためにババア中澤、雑用なんでも喜んでします!!!
こういうことを言うと、死ぬほど笑ってくれるところもまた素敵で…。ちなみに先輩が一番笑ってくれたのが、ある日わたしのお客様とのやり取りを聞いていた先輩が
「中澤さんって、すごくなんて言うんですか?日本語上手いですよね!」
と言ってくださったので
「ニッポン、ナガイデス」
と返した件。のけぞって笑い過ぎてタバコの棚に頭ぶつけていらっしゃいました。丁寧語とか敬語という単語がすぐ出てこなくて、日本語って言ってしまった先輩がまた尊かったです。
ポンコツはポンコツのままだったんです。でも、そのことを必要以上に恥ずかしがったり、隠して強気に出ないことにしたんです。ミスはしちゃうからとにかく素直に謝ることに徹しました。そして、同じミスをしないように気を付けるのと、出来る仕事は一生懸命やりました。トイレ掃除とか、めっちゃ丁寧に綺麗にやったり、ごみ捨ても重くて臭くていっぱいあるけど、率先してやった。深夜のバイトだから、お客様にとってもしかすると今日最後に喋る人間がわたしかも知れない、そう思ったらなるべく気持ちがいい態度で接するように笑顔を絶やさなかった。
すると皆さん優しくしてくれるんですよね。協力してくれるし、話をしてくれるようになるし、お客様から「頑張ってるの偉いね」と差し入れを頂くことも出て来た。南米系のお客様からは「アナタビジンネ」とリップサービスを頂いた。
出来ないことは出来ないと認めた上で、素直に謝り、指示に従う。必要以上に落ち込まず、出来る目の前の仕事を丁寧にやる。たったそれだけのことを、人生でやってこなかったばかりに、プライド武装しすぎて息が出来ないくらい苦しくなっていたんだなぁと気が付いたりした。
考えすぎていたのかもしれない。
もっと気楽で、もっとナチュラルでいいのだ。出来ないことは誰にでもあるし、失敗は誰にでもある。そのたびに、「どうせ自分なんて」と卑下しなくてもいいのだ。みんなもっと簡単に「やっちゃった☆彡」と言って笑って、酒飲んで寝て、忘れて、次の日を迎える。そうやって毎日を生きているんだ。わたしもこの日々をそのくらいの軽い気持ちで過ごそう。どうせ、笑い話になる日は来る。
そうやって少しずつ仕事にも環境にも慣れながら、少しずつ自然な状態が増えていったら、なぜか個人事業の方もお申込みが増えた。10月の予定はほぼパンパンになるくらい埋まってしまい、バイトを辞める決意をした。
もすこし、つづく。↓