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正解よりも大切なことを選択する

突然ですがこの度2015年12月よりご愛顧いただて参りましたカメラ事業をクローズしました。

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Photo by Tetsuya Funakoshi

 この記事を書くにあたり

 

実はこの記事を書くにあたり、2回全編書き直しをしています。これで3回目、3度目の正直。そう、まさにこの「3度目の正直」ということばがふさわしいように、今までボツにした記事はすべて「正直」ではありませんでした。何に正直ではなかったか?自分の心にです。いつでも自分の心の声の大きさや熱量、本筋を違えずに書くということは非常に難しいけれど、そこは譲れないしこだわりたい。誰に理解されなくてもいいから、わたしは自分の表現に自由を与えたいと思う。

 

何かがズレていた、そのズレを無視できなかった

 

丸3年間、個人事業の屋台骨だったカメラ事業を手放すことを決めた時、関係各位に説明をさせて頂いた。今年のだいぶ早い時期である。その時、私はいろいろな「理由」を並べて説明していた。例えば

 

  • 自分がいいと思う写真と、世間が求めている写真に相当なズレがあり社会のニーズに応えられない
  • なんかそんなに写真が好きじゃない気がする
  • 依頼のレベルがかなり上がってきてそれに対応するモチベーションが湧かない
 
そんな感じのことをゴニョニョと下を向きながら、スカートのしわを両手で弄びながら説明していた。自分でも言いたいことはこれじゃない気がしているのに、どう説明すれば分かってもらえるかわからないまま、理解を求めるすべも見出せず、ただ「辞める」ということだけを訴え続けていた。
 
 
こういうフワっとした言い訳は多くの大人を刺激するのかも知れない。関係各位だけではなく、友人・知人のレベルにも不理解から厳しめの声をたまわった。
 
  • 別に自分だって好きでこの仕事してないよ?そんなに好きって大事?
  • お金もらえて人に喜ばれているんだから価値はあるでしょ。なんで辞めるの?
  • そもそも価値なんてお客さんが決めるんだから、選ばれているうちはやればいいじゃん。
  • 高い技術を要する撮影は断って、自分の出来る範囲でやればいいじゃん。
 
 
分かる。どれも至極まっとうな答えだと思う。そしてそんなことは私自身が何度も自分に言い聞かせてこの3年間過ごしてきた。写真を辞めないで続ける道を、自分が辛くないやり方や、マインドセットを、毎日考え、あれこれ試してきて、トライ&エラーの先に「もう切れるカードがない」と思い、クローズすることにした。頭で考えてもどうしようもなかった。心が付いていかないのだ。何かがズレている。そのズレをどう説明したら分かってもらえるのか、ずっとずっと考え続けていた。そうやって冬が過ぎ、淡い春が訪れ、新緑が芽吹き、梅雨が大きな音を立て若葉を打つ頃になり、少しずつ言葉がまとまってきた。
 

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好きこそものの、上手なれ

 

撮影の仕事は本当にマグレみたいな感じでスタートした。もともと一眼レフは持っていたものの、情熱が高い趣味では全然なかった。なんとなく趣味になったらいいなと思って買って、そして熱中する趣味にならずにクローゼットの肥やしと化していった、20代の女性なら多くの人が通るであろう自分探しの一環だった。それでもビジネスにしてみないか?と声をかけて頂き「なんか面白そうだな」と深くは考えずにその案に乗った。

 

本当に最初のころは、こんなことでお金がもらえるって超楽しい!それだけしかなかったけれど、次第に活動を続けて行くと、自分のカメラの知識の無さ・技術の無さがどんどん浮き彫りになって行き、非常に焦った。付け焼刃みたいにその場その場で必要な技術や知識は我流で得ていき、毎回対応していった。必死だった。そんな私の焦りとは裏腹に、どんどん大きな撮影の依頼が来るようになった。雑誌、モデル、著名人…なんでこんな下手なカメラマンのところにそんな話が来るのか、自分でも理解出来なかった。

 

腕がいいからそういう話が来ているのではない。

 

 

わたしの周りの有力者の皆様が、わたしを応援してくださってそういう話を振って下さっていることはすごく良く分かっていた。その気持ちは本当に有難かった、それに応えたい…というよりは、「裏切りたくない」という想いが強かった。今思えば「嫌われたくない」という気持ちが本心だろうとは思う。いずれにしても、その人たちの気持ちに応えたくてもっと頑張った。

 

 

とはいえ技術は簡単には上がらないから、設備投資をした。カメラは本体もレンズもアクセサリーも本当に驚くほど高い。でも「いい写真はカネで撮れる」というある写真家の名言を信じてなけなしのお金を払った。お金が足りなくなったら、短期のバイトに行き10代の先輩に仕事を教えてもらいながらペコペコ頭を下げ、あくせく働き、バイト代を全てレンズ代にぶっこんだ。レンズがいいだけで、それなりの写真が撮れるようになるのは本当だった。そうやって、その時、その時のオファーに対して、必要なこと、至らないことはすべて対応していった。自分の出来ることは全部やろうと思った。そうやって誠意を見せること以外、技術の未熟を補う方法を私は知らなかったからだ。

 

 

それでも写真が気に入って頂けず、採用されなかったりお蔵入りになったりすることも多い。すると途端に人間関係にもひびが入る。当然と言えば当然だ。お金を出して写真を頼んだのに、自分が納得のいく品が納品されなかったら誰でも怒る。わたしの誠意とか、頑張りなどはどうだっていい。結果が全ての世界もある。お金を返してでも許して欲しい気持ちでいっぱいになったが、そんなことをしてもしょうがないから、この経験を次に生かすのが健全だと分かっていた。技術を上げなきゃ、誰にでも喜んでもらえる写真を撮らなきゃ。

 

 

そう思うのに、写真の練習も勉強もまるでしたいと思わなかった。カメラ教室も何度も行こうと試みて申し込んでも、毎回なぜか大きな交通トラブルが起き、目的地に到達することが出来なかったり、奇跡的に行けたその教室ではなんだか先生の当たりが厳しかった。「コミュニケーションが上手いだけでカメラマンになる連中、最近多いんですよね。技術もないくせに」そう言われた。だったらコミュ力磨いたら先生はもっと売れるんじゃないですか?そう言って母校のコーチングスクールを勧めて帰ってきた。本当に入学すればいいと思う。あんなに素敵な写真を撮る人なのだから。

 

 

 よくある逸話だ。

 

どんなに頑張っても、苦しかったり、うまく行かなかったりする場合、そこはあなたの居場所じゃないんだよと神様が教えてくれているのだと。

 

 

そんな逸話の存在を頭の片隅で意識しながら、猛烈に無視を続けてきた。いやいや、ゆーても神様、仕事ですもん。これ辞めたら収入大幅に減りますやん。どう生きていけばいいんですか。大丈夫、まだやれる。だって楽しいこともいっぱいあるもん。たくさんの人に出会えるし、いろんな場所に行けたのは全部写真のおかげだよ?大丈夫、今のやり方が合ってないだけ、きっと自分にあった写真の仕事の仕方はきっと見つかる。大丈夫、まだやれる。きっと居場所はある。

 

 

内なる神にあらがい続けながら、技術練習は個人で本を買ったり、人の写真を見ながらしぶしぶ練習した。上手くなるなると信じて、ひっそりと数をこなし、振り返りをし、改善点を見つけてまた練習した。たまに仕事で一緒になるプロの方々を捕まえて、写真を見てもらってご指摘を頂くように努めた。でも一向に上手くなった気がしなかった。それよりも、SNSで上がってくる技術は低いけど素敵な写真のほうがよほど上手だと感じた。彼らは心から写真を楽しんでいた。その歓びが伝わる作品は技術を凌駕するきらめきを放つ。「好きこそものの、上手なれ」そんな言葉が胸を突いた。

 

 

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ダブルバインド

写真を喜んでくれる人もいる。あなたの写真が好きよと言葉の限りを尽くしてくれる人もいる。わたしだって嬉しい。すごく嬉しい。人が嫌いになったわけではない。笑うあなたが好きなのも本当。人生経験がそのままその人の顔や佇まいを作る。そんな歴史のひとつひとつに触れることは、そのまま命の輝きに触れるようで、写真をやっていなければ出会えない命があり、撮れない生きた瞬間があるのだということを、3年間で痛切に学んだ。痛切なのだ。3年も多くの方を撮り続けると、中にはこの生を全うされる方が何人も現れる。もう撮ることは叶わないのかという寂しさと、でも生前撮らせて頂けた有難さが何度も去来して涙が出る。その人が存在した証を残す一助になれたのなら、やってきた意味はあったかも知れないと何度も思った。

 

 

けれど体は違った。体は随分前から、撮影をするたびに熱を出し、納品後は2,3日寝込むようになっていた。意志に反して体が動かないのだ。そして昨年の夏にとうとう頸椎損傷を起こし、利き手である右手にしびれと震えが出るようになった。カメラは望遠とストロボを付けると6キロほどになる。重くて構図が傾くようになってきた。

 

 

撮る喜びはある、それは本当だ。

本当なのに体はもう嫌だといっている。人の役にも立てる、お金にもなる、でもどうしてこんなに苦しいのか、やればやるほど寿命が縮むような感じがするのかまるで分からなかった。でも、まだに何か方法があるのではないか?そう思って色々試してみた。

 

 

フィーが高ければモチベーションが上がると思った。でも1回10万もらっても熱は出るし寝込む日数は長くなった。フィーを下げて近しい人の依頼だけ受けてみた。気楽に楽しく撮れたらいいと思ったが、相変わらず熱は出るし寝込んだ。お金をもらわず好きな人だけを撮れば、楽しく撮れるかもしれない、そう思ってやってみたけれどやっぱり熱は出たし楽しくはなかった。セミナー写真だったら?物撮りだったら?結婚式や七五三などのイベント撮影だったら?どれだったら楽しく撮れる?そう思って片っ端から自分に合うものを探すように、依頼されればなんでも撮りにいった。

 

 

でも体からの答えはいつも38度と痺れいう形での「NO」と「STOP」だった。

頂いたフィーが医療費に消えていくたびに、自分はいったい何をやっているんだろうと思うと無感情になっていった。そんな時「どうやって生きていいかわかりません」という相談をもらって泣きそうになった。いや、そんなんわたしも分かんねーよ。分かんないけど、心臓が動くから今日も生きてるんだよ。分からないなりに分かったのは、この先のことは今はなにも考えられないけれど、写真は辞めようということだった。それ以外、切れるカードが手元にはもう残っていなかった。

 

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正解よりも大切なことを選択する

 

前述したが、このカメラ事業は個人事業の中でも屋台骨で収益の3分の2を賄う大きなものであった。そして何より「頑張れば」もっと安定的に売り上げを伸ばすことが可能な事業であったのも自分でも良く分かっていた。売り方も分かっていた、導線の張り方も分かる。写真の見せ方も、文章の書き方も全部分かる。売れる価格帯も分かる。オフラインでの営業の仕方も分かる。すべて簡単なことで、どれも難しいことは一つもなかった。なのに1つも出来なかった。違う、「やりたくなかった」。

 

 

 

やりたくないなんて、子供みたいだと自分を責めた。不思議と自分を責めると周りにも同じように責められた。感情で動くんじゃない、思考で動けと。粛々と、淡々とやれ。やりたいかやりたくないかで動くんじゃない、プロなんだから。

 

その声に対抗できる言葉をずっと探してきた。正論には正論で返したかった。でも二元論に救いはないことが良く分かった。そして昨晩こう思った。

 

 

「確かに大人の意見ですね。でもそれはあなたの価値観であなたの中の正解と正義だよ」「わたしは違う。わたしはどんなにお金になっても、人に喜ばれても、わたしが喜びをもって出来ないことは、これ以上やりたくありません」「わたしは、わたしの中の『なんか』という感覚を大切にします。たとえそれがあなたから見て愚かであっても」

 

なんかイヤ、なんか好き、なんか気になる、なんか怪しい。

 

この感覚がわたしを裏切ったことなど、一度もないのだから。

 

 

そう思えた時に、一気に肚落ちし、爆睡した。

起きたら夏至だった。

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これから

カメラ辞めます、というとかなりかぶせ気味で「じゃあこの後どうするの?」「どうやって生活していくの」の必ず聞かれます。人の生活費の算段を聞くとかかなり無粋だなと思う。それはお前の心配事だろうと毎回思ってちょっと面倒くさくなるけど、いつもちゃんと答えている。「さあ?バイトでもしながら考えますわ」と。もう一つの事業である九星気学コーチングも今、メニュー改正中なので、バイト同様決まったらまたここで報告させてください。

 

個人事業主でうまく行かない人がバイトするって、恥ずかしいとか負けだとかいう人もいるよ。そういう風潮は強いのかなって思う。でもなんかそういう声を気にしすぎて、自分にバッテンをつけてしまうほうが自分に失礼だなぁって思った。

 

 

別に生きていくんだからそれくらい当たり前でしょう?と思うし、ひとつ事業を手放したからってなんてことはない。スクラップ&ビルドは必須だし、なんせまだ可能性はいくらでもある。諦めたわけじゃない。ここからだなぁと、冷静に思う4年目である。

 

 

こういうことを公にすると「お客さんついてこなくなるよ」と忠告を受けた。でも、これで愛想をつかされるなら、もともとご縁がなかったのだと思う。世の中そういうものだ。嘘をついて好かれてもしょうがない。素を出して嫌われるならそれでいいよ。

 

というわけで、かなり長文になってしまいましたが、今まで写真事業において、被写体なって下さった方々、本当に有難うございます。すべての生き様が本当に素敵でした。並びに紹介・応援してくださった方々にも深く御礼申し上げます。その気持ちが本当に嬉しかったです。

 

 

今ふと、辞めた記念というか、3年間の総仕上げに個展を開きたいかもと思いました。完全なる思い付きです。場所を借りるのか、WEB上でやるのかまだ検討もついていませんが、それも形になったら紹介させてください。本当に素敵な方たちしか、撮ってこなかったので、その生き様を紹介したいなぁと思いました。

 

 

人の喜びよりも、自分の喜びに沿って生きる生き方は始まったばかり。これからも面白がってのぞいて頂けたら幸いです。長文お読み頂き、本当に有難うございました。

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何が起こるかわからないから、人生おもろい。