ナカザワメグミ ドットコム

ナカザワの頭と心を大公開。魂ぶるぶる言わせたろか

いつでもオコな君が好き

怒りって抑え込むと、熟成して「愚痴」になる。

さらに発酵が進むと「恨み」になる。

 

わたしの中で「愚痴」を吐く人ってちゃんと前向きな人。多くの場合「ちょっと聞いて~!」とちゃんと了承を取り、ひとしきり吐き出したらスッキリして、最後は笑ってる。

 

愚痴を言うことで、自分の中から怒りを吐き出して

頭も心もすっきりさせて、また現実と向き合うぞ!

という目的意識がハッキリしているから

最後は笑って「聞いてくれてありがとう!」

と元気に戻っていく。

 

こういう人は気持ちがいい。好き。

 

一方で「恨み言」は本当に出口がないし

いいことが一つもない。

 

過去の恨みをずっと抱えて、消化しきれなくて

相手を責め、自分を憐れみ

運命を嘆きたくなる気持ちもよく分かる。

 

よく分かるけど、多くの場合

恨み言までダークサイドに堕ちた「怒り」って

本当は、相手や環境に対して怒っているのではなくて

 

その時文句を言えなかったり

抵抗できなかった、非力な自分に対して

ものすごく憤って怒っていることがほとんどで。

 

あとは親に対する怒りを抱え続けることで

どんな形でもいいからかまって欲しかったり

繋がりを求めていたりという、複雑なパターンもあったりする。

 

いずれにせよ、そんな自分を責めなくていいし

未だに相手に怒っているなら

誰かに恨み言を聞いてもらわずとも

相手に向かって言いたかったことを言えばいいのだ。

 

紙の上で。

紙の上に罵詈雑言をこれでもかというほど書き

破いて棄てる、美しく燃やす。

 

 

たったこれだけのことで

恨み言をグチグチ言って気持ちが悪くなることもないし

聞いてくれる人を疲れさせてしまうこともないし

ビックリするくらい憑き物が落ちるしで

 

みんな幸せ。

いいことしかない。本当におすすめ!

 

だっていくら「嫌われてもいい」と言っても

何も自分から、好きな人に嫌われに行く必要もなくないですか?

好きだし、仲良く居たいし、信頼してるからこそ

恨み言を聞いて欲しい、受け入れてほしいって思ったわけで
相手を不快にさせたいわけじゃないわけですから。

 


好きな相手を大切にすることにも繋がるから

紙に書いたらいいのですよ。

 

「なんでも聞いてくれるのが友達だ」

とか、本当に高慢だからなぁー・・・

 

親しき中にも礼儀ありですわ。しみじみ。

 

 

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人って大変ね

ある友人たちの話

 

わたしの周りにとっても感情表現豊かな人たちがいる。

いっつも

「あのクソがっ!!!!」

「ふざけんな!!」「むかつく!!」

 

と、陰でこっそりブチ切れまくって

数分経ったら、怒りが終わって、ケロッとしている。

 

喜ぶときは体いっぱいギャーギャー喜び

泣くときは場所もメイクも関係なく

ワーワー鼻水たらしながら泣くし

悲しいときは無言でチーンってなっている。

 

 

ああ、愛おしいな。いつもそう思う。

 

 

怒りも、喜びも、悲しみも

全部全部、無視しない。

 

自分が感じることに

良いとか、悪いとか

そういう小さなジャッジをつけずに

 

その瞬間、瞬間を感じまくる姿は

すごく純粋で、すごく潔く

とっても清々しくて、見ていて気持ちがいい。

 

 

ちゃんと生きているってこういうことだなと

いつも思わせられる。

生命力の強さに圧倒される。

かく在ろうとその度に誓いなおす。

 

 

怒りも、喜びも、悲しみも

全部「いま」に始まり、今に終わる。

何一つ未来に持っていくつもりがない

 

その清廉さよ。

 

 

いつでも清く正しく激オコな君が好き。

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多面的だから、人間おもろい。