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やり切ったと言える自信がない全ての方へ

2つの反応

前回こんな記事を書いたら、思いのほか多くの反応を頂いた。

megumintia.hatenablog.com

 簡単に説明すると、仕事を辞める前に、疲れているだけなのか、目標があって辞めたいのであれば後悔のないようにとことんやり切った方が良いよ、というような内容だったと思う。

 

 

すると大きくわけて二つの反応があった。

1つは「わたしは何をやり切ればいいでしょうか?」という質問。

もうこれに関しては、文面のやり取りだけでは「知らんがな」としか言えない。情報が少なすぎてなんとも言えないので、「セッションで詳しく聞かせてください」とご案内をさせて頂いています。

 

 

ただ一つヒントというか、体験に基づいた助言をさせて頂くと、「やり切った」と思い込むことで、どこか逃げの感情がある場合、「やり切ったということにしたい」という想いがあるので、それを認めた上で「うんうん、今までも十分努力して頑張ってきた。でも本当に逃げているものは無いかな?諦めているようなことはないかな?もっと出来ること、やっていないことは無いかな?」と再度自分に問うてみるといいと思います。

 

逃げることが悪いとは思わないんですよ。どうしても今の自分では、その課題に立ち向かう勇気や気力がなかったらパスしてもいいと思います。どうせ形を変えて人生でその課題は何度でも現れるので、また取り組むチャンスはいくらでもありますからね。

 

 

そしてもう一つの反応が

「もう仕事を辞めてしまった。一生懸命やったつもりだったけど、やり切ったと果たして言えるのか…中澤さんみたいに『やり切った』とは言えない気がする(モヤモヤ)」

 

という感想。今日はこの方たちに対して、声を大にしてお伝えしたいことがあるので筆を執った次第です。最後までお付き合い頂けたら幸いです。

 

もっとやれることがあったのでは、疑惑

たぶん、私の書き方が足りなかったので、このようないらぬ後悔を抱かせてしまったのだということを、まず謝らせてください。ごめんなさい。

私自身、やり切ったと言えるし後悔はないのですが、「もっとやれたのでは?」と思うことは退職後、何度もありました。

 

「あの時こうしていれば」「あそこでこういう選択肢だって出来たはず」「もっとこうすればうまく行ったのに」

 

 

そんな想いに胸をきゅっと締め付けられることはあります。でも私の中でこれは後悔に入らないんですよ。この後々振り返って「ああすれば」「こうすれば」と思うことって、私は「未来人の高慢」って呼んでいるんですけど、要は歴史なんかを学んで、一般人が「あの時西郷さんはこうしとけば、あんな死に方せずに済んだんだよ」みたいなことを言う人ってたまにいるじゃないですか。それと一緒だなぁと思うんです。

 

 

もう、終わったことっていくらでもなんとでも言えるんですよ。物事を大局的に見られるし、冷静に判断できるし、昔より知恵も知識もあるから。でもその当時を「今」として生きている人物からしてみたら、もう本当に心底考え抜いて、たくさん悩んで、相談もして、いろいろ検討してみた結果、それが「最善」だと思ったことを選択しているんですよね。それが他人や後世から見たら、どんなに穴だらけな選択でも。

 

なので精いっぱい頑張ったつもりでいたけど、今にして思うともっとやり方あるだろがい!!と思うようなことって、未来人だから言えるんですよ。あの時よりも知恵があるから言えるし、終わったから言える。だからそのチートな力を持ち出して、過去の自分をジャッジメントするのは、私は断固反対です。

 

よく考えてくださいよ。

 

あの時のあなたや私は、今よりも知識も知恵もなかった。考えも、行動も、態度もすべてが至らず、幼かったかもしれない。でも、あの時のあなたや私は、自分の持てる全てをもって、全力で悩んで、全力で立ち向かって、その時出せる最高最善の選択で、全力で行動していましたよね。

 

今にして思えば、粗さばかりが目立つでしょう。

「若いな」と恥じることもきっとあるでしょう。

 

でも、あの時の自分の頭脳と体力では、あれが精いっぱいだったよね。

あれ以外、選択の余地がなかったよね。

すごい勇気だったよね。

すごい胆力だったよね。

粗いし、若気の至りもあるけれど

 

めっちゃ必死で頑張ってたよね。

ダサくても、かっこよかったじゃない。

一生懸命、生きてたじゃない。

 

そうやって過去の自分にグッジョブって言ってあげて欲しいんですよ。

ナイスプレイでしたと、プラスの言葉を全力で送ってあげて欲しいんです。

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 必要以上に自分を責めなくていい。

もし「未来人の高慢」で過去の「ああすれば良かった」が出てきたら、それは次の機会に活かせばいいし、同じ機会が得られそうにないなら、今同じ境遇にいる誰かの助言にすればいい。

 

そして「今」も後悔のないように生きればいい。

どうせ未来から見たら、粗くて、若くて恥ずかしいことが目立つけど、きっと愛しき輝く時間になるのだから。

 

最後に

というわけで、最後にまとめると 

 「もう仕事を辞めてしまった。一生懸命やったつもりだったけど、やり切ったと果たして言えるのか…中澤さんみたいに『やり切った』とは言えない気がする(モヤモヤ)」

 

 という方には

「あの時出来ることはすべてやったから、あの時はあの時で100点!」

そうやって過去の可愛い自分を認めてあげてくださいね、とお伝えしたかったわけです。

 

やり切ると、人生おもろい。